家庭料理の“連続”は生きる力そのもの
月日を経て変化する構成人数や生活様式を飲み込み消化して彩られるのが家庭の食卓。豊かなエネルギーを育てるためには、素材と過程もさることながら笑顔を生む時間でありつづけることが第一条件という奥薗さんちのお台所には、家族だけでない沢山の笑顔が集まる。食で繋がれたネットワークはまた彼女自身にも力を与えているようだ。 |
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ご自身は小さなとき、どのようなお子さんでしたか?
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今の私からは想像できないかもしれませんが、中学校までは引っ込み思案な子だったんです。小学校時代は自分から友達の輪に入っていけるような子供でもなかった。いつでも2階の自分の部屋の窓から路地裏で子供たちがメンコしたりして遊んでいるのをじーっと見てるような。学校行ってもあんまりお話もできなくて、もうちょっとお話ししなさいとか言われてた。今やこんな、もうしゃべらんでええっていうくらいしゃべるのにね(笑)。休み時間になったら図書室に行って本を読んでいるような、そんな子だったんですよ。 |
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今のままただ小さくしたような小学生かと思っていました
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そうでしょ? 小学生の時はまじめで大人しくて先生に「はい」とお返事をして言われたことをきちん、きちんとやるいわゆる優等生。自分で言うのも何やけど、先生がすごいひいきするんです。それがものすごく嫌だった。私は別にひいきされたくない。特別視されたくない。けど中学になったらそのひいきがさらに強くなって。私だって授業中に騒ぎたい。けれど騒いでも怒られる のは一緒に騒いだ相手の方。優等生ってある意味、すごい孤独なんですね。阻害されて本当の友達ができひん部分がある。もう優等生はイヤだイヤだイヤだイヤだーって、内側から叫んでるんですけれど、いっぺんつけられると、その優等生のレッテルが剥がせられない、自分では。やっぱり優等生で3年過ごすんです。 |
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自分の意思で生きて初めて真の友人もできる。自我を抑えると人間関係にもよい影響はないとお考えですか?
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管理しすぎることは子供を駄目にする一因であると同時に大人を駄目にする要因でもあると思いますね。お母さんだって自分のやりたいことを一番に考えたらいいと思うんですけれど、自分のやりたいことを見つけれられていない人たちが多いのかもわからないですよね。私自身も悩んで悩んで、試行錯誤を繰り返して、やっと見つけた、と言えると思うんです。
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料理研究家としての道を見つけたということですね
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私は<ナマクラ流ズボラ派>の料理研究家なんですけれど<ナマクラ流ズボラ派>にもラインがあって、ただ手を抜いただけではアカン(笑)。それではただの手抜きの主婦で終わってしまう。家庭料理で一番大切なことはやはり楽しく食べるっていうことやと思うんです。それがたとえ買ってきたお惣菜であっても、お茶漬けであっても一番大切なのは家族が集まって楽しく食べることがすべての原点。そのために<ナマクラ流ズボラ派>がないと駄目や。<ナマクラ流ズボラ派>で手を抜いた分、家族みんなが食卓を楽しく感じられるようにそちらにエネルギーを使う、そんな料理を考えています。ですから市販のお惣菜を否定しないけれども、私自身はほとんど使わないです。出来合いのお惣菜は買ってこなければならない。合わせ調味料で作るのも手抜きのひとつの方法として否定はしないけれども、結局はわざわざ買ってこないと作れない。<ナマクラ流ズボラ派>な私はわざわざ買いに行かなくても今、家にあるものでパパッと作れる料理を研究しています。出来合いのものを買いに行く手間なしに今あるものでみんなに豊かな笑顔が生まれるような方法を考えるのが<ナマクラ流ズボラ派>のカテゴリーなんです。楽しみながらズボラを出きる人を、実はズボラーと呼んでまして正しいズボラーになる方法を書いたのが、今度の新刊『ズボラ人間の料理術』なんです。そのひとつのアイテムとして重宝するのが買い置きの出来る乾物。使えば間違いなく旨みがある。美味しいものが出来る。体にもいい。乾物を大切なグッズとして考えているんですよ。 |
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乾物を積極的に使っていこうというのは珍しいですよね
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使い慣れていないとなかなか難しいかもしれないけれども、本当に何も無いときに、乾物の料理を知っていたらいいですよ。常温で保存が出来るし、何もなくてもお弁当買いに行く手間を考えたら高野豆腐をチャチャッと煮ることが出来るならその方がよっぽど美味しい。体にもいい。ほっとできるし。 |
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東京に基点を移されてまもなく4年とお聞きしました
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色々ありました。私は京都に育った田舎モンなので誰でもいい人、いい人と思ってしまう。なので騙されもしました。裏切られもしました。かなり涙を飲みました(笑)。とんでもないことが嫌ってほどいっぱい最初の一年間くらいで起った。またか。またか。何でこんなに人を騙すようなことするの。でも田舎モンやからまた騙される。優しいこと言われるといい人やなと思う(笑)。
都会の人ってある意味ドライでしょ?踏み込んではいけない部分をちゃんとわきまえる。何も言わなくてもどうしたん?どうしたん?っておせっかい焼いてくれる田舎の人と違って、東京の人はこっちが意思表示しないと、やたらおせっかいに手を差し伸べることはしないんですね。だけど困っているんやって言えば必ず手を差し伸べてくれる。自分から意思表示して初めて周りの人が手を差し伸べてくれたんです。私の周りにはがんばれ!がんばれ!って言うてくれる友達がいっぱいいてる。騙されたとこの尻拭いやら日々のことで精一杯の毎日やったけど、そのおかげで大切な人の存在に初めて気がつきました。大事なんは人と人との輪が生み出す力、ネットワークなんやって。料理研究家の仕事は派手な部分もあるかもしれへん。けど私は華やかでなくていいから日常の生活の中で食の事を真剣に考えていきたい。地道な活動をやっていくためのネットワークを作ろうと『お台所奉行の会』を1999年6月に発足。こうして一歩踏み出せたことで、自分自身が一皮剥けたと思っています。 |
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新しい夢が生まれました?
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私はやはり料理研究家なので、家庭料理をどこまでも追求していきたいと思っています。家庭料理なんてレストランほど美味しくないと、よく言う人がいるけれども、根本的に質が違う。家庭料理とは“連続”なんですよ。あ、今日は味付けが濃かったとか薄かったとか、そういう意味でも作りつづけることでひとつの形になっていくし、何より毎日お母さんが料理を作ってくれる、ここだけの食の時間というのが大事。昨日食べたから今日はもうええわ、っていうレストランの料理ではなくて、毎日営みつづけることの中に家庭料理の価値があると思うんですね。そう考えるとテレビや雑誌でこれが家庭料理だよ、と示すのは非常に難しい。肉じゃがや煮っころがしは切り取った一部分であって、それが果たして家庭料理を表しているかどうか。それに家庭料理は変化していくもの。基本的に誰かと一緒に食べる、豊かな気持ちで優しい雰囲気で。または誰かと一緒に作る。やはり原点は誰かのために作るという気持ちそのものが家庭料理だと思いますし、 実際に今は私も子供と一緒に食べる時間が多い。けれど子供達が巣立って一人になったときには、誰と一緒に食べるんやろう。どうやって作っていくんやろう。それもずっと営み続けないと家庭料理の形は見えてこない。一緒に食べてくれる人がもしかいなかったとしても、それでもそこには家庭料理が存在する。人が生きていて料理を作って食している。家庭料理を作り続けることは生きる力そのものいうことを、メッセージとして送りたい。それが私の夢であり希望です。 |
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2001.6.27.東京都自宅にて
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